3%の歯車

腕時計は、冷静に考えれば奇妙な存在だ。
時間を知るという一点において、
1万円の電波ソーラーはすでに完成形に近い。
誤差はなく、止まらず、管理もいらない。

一方で、100万円、300万円、
時には1000万円を超える機械式腕時計は、
実用性という尺度において、完全に敗北している。
それでも人は、高級時計を欲しがる。
なぜか。

この問いに真正面から向き合うと、
「ビジネスで信用が得られる」
「成功者に見られる」
そんな分かりやすい理由が顔を出す。
だが、それらを確率論で分解してみると、
驚くほどあっさり崩れる。

日本のビジネスシーンにおいて、
100万円以上の高級時計に価値を感じ、
自ら着けたいと思う人は、体感で15〜25%程度。
一方、他人の時計を見て、
その人のパーソナリティや仕事観を評価する人は、
10〜20%ほど。

この二つが交差する確率は、せいぜい3%。
しかも、その3%がすべてプラス評価とは限らない。

ドヤ顔の成金時計を着けた不動産屋を見て、
無意識にマイナス評価をしてしまう自分に気づいた時、
さらに現実が見えてくる。
せいぜい3戦中2勝1敗。
つまり、プラスに働くのは3%以下だ。

ここまで来ると、
「高級時計がビジネスの信用になる」という物語は、
妻への言い訳でしかないことが証明されてしまう。

そして、結論は冷酷だ。
腕時計は、ほぼ100%自己満足。
ビジネスにおける加点要素というより、
せいぜい「減点を避けるためのノイズ調整装置」に過ぎない。


もう一つ、正直な事実がある。
多くの時計好きにとって、
最もアドレナリンが出る瞬間は
「買った時」ではない。

情報を漁り、比較し、
なぜ惹かれるのかを言語化し、
買うか、見送るかで悩んでいる時間。
探索している状態そのものが、最大の報酬なのだ。

だからこそ、
「一生モノ」
「上がりの一本」
という言葉は、時に無期懲役のように重く感じられる。

一方で、
「100万円の時計なら懲役2年」
「300万円の時計なら懲役5年」
そんな期間付きの満足なら、素直に受け入れられる。

だから、人は時計をやめられない。
理由は単純だ。
そこに【歯車】があるからだ。

見えなくていいはずの歯車。
直接評価されない歯車。
だが、一つ欠ければ全体が止まる歯車。

完全自動化、ブラックボックス化が進む現代において、
「理解できる構造」
「手で触れられる秩序」を
腕の上に乗せている感覚は、
理屈を超えた安心と興奮を同時にもたらす。


そう、
前半に並べた不都合な真実と戦える理論は一つしかない。
それは、男のロマンだ。

確率論を通過し、
社会的合理性を見切り、
妄想と自己欺瞞を削ぎ落としたあとに残るロマンは、
もはや弱点ではない。

それは、自覚された非合理であり、
選好であり、
生き方の一部だ。

歯車にロマンを感じる男が、
そのロマンを自覚したまま生きているなら、
それはもう“趣味”じゃない。
美学だ。

新村 裕介
株式会社SPINNA BAMBOO  代表取締役

飲食店の調理師、店舗の工事会社、大手不動産系列の建築デザイン会社、
大手什器メーカーのPM部門を経て、2022年8月 株式会社 SPINNA BAMBOOを設立。
ブランドショップの工事担当から、オフィス入居の法人営業、ビル改修のコンストラクションマネージャー、
総予算100億円を超えるオフィス移転のプロジェクトマネージャーまで、多種多様な実績を積んできました。
この長年の経験を活かして、常にプロジェクトの入口から出口までの一気通貫した全体視野を持ちながらも
それぞれのステージに必要な役割に特化した、専門性の高いパフォーマンスを発揮します。
また、某大手IT企業での総務マネージャー経験もある為、インハウスの目線で課題を掴む事も得意です。